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千葉地方裁判所 昭和26年(行)12号 判決

原告 渋谷貴重

被告 千葉県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告知事が、昭和二六年三月二日を買収の時期としてなした別紙目録記載の宅地に対する買収処分を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、別紙目録記載の宅地は原告の所有であつたところ、被告は自創法一五条にもとづき昭和二六年三月二日を買収の時期として同日付発行の買収令書を以つてこれを買収し、右令書は同年四月三〇日原告に送達された。

二、しかし右買収処分には次の違法があるので取り消さるべきである。すなわち、

1  訴外松戸市農地委員会は昭和二六年二月一六日本件土地外一筆について自創法第三条および第一五条により買収計画を樹立し、その縦覧期間を同日から同月二五日までと定めた。原告は同月二二日これに対し異議申立をしたところ、右委員会は同年三月三日本件土地については異議を却下し、外一筆についてはこれを認めるとの決定をした。そこで原告は同月一二日本件土地につき、さらに千葉県農地委員会に対し訴願したところ、右県委員会が何らの裁決をしないうちに被告は自創法第一五条にもとづき同年四月三〇日原告に送達された前記買収令書を以つて本件買収処分をしたものである。

しかして自創法第八条、第九条、第一五条第三項によれば、農地または農地附帯施設等の買収計画について訴願が提起された場合にはそれについて県農地委員会の裁決のあつた後において同委員会の承認を受けなければならず、その承認があつた場合にはじめて買収令書を交付することができることになつているから本件処分は右規定に違反している。

なお原告は昭和二六年三月一二日千葉県農地委員会に対し訴願書を発送したのであるが、その際その手続がよくわからなかつたため念のため同文のものを二通作成し、うち一通は直接県委員会に対し郵送し、のこり一通は地元の松戸市農地委員会を経由して県委員会あて提出した。ところが直接県委員会に提出した分は同月三一日ごろ県委員会から「右訴願書は訴願法第六条に規定する方式、すなわちその不服の要点、理由、要求が不明瞭で審理できない。……よつてこの訴願書は同法第九条により一応還付するから前記の点を明確にして昭和二六年四月二〇日までに当委員会に提出されたい」旨の文書と共に原告に還付された。しかし原告として甲第六号証の訴願書のとおり先に提出した訴願書で十分方式に適したものと思つていたので、その後改めて補正したものを提出しないまま現在に至つている。したがつて適式な訴願はやはり昭和二六年三月一二日になされたまま現在に至つているものとみるべきである。

2  本件土地は宅地であり、また原告は昭和一九年ごろ訴外佐藤武治にこれを宅地として賃貸したことはあるが、本件宅地買収は訴外田村作次郎に売り渡すことを目的としてなされたものであるところ、原告は未だかつて田村に対し本件宅地につき賃借権(転借権を含む)、使用借権や地上権を設定したことはない。したがつて本件買収処分は自創法第一五条第一項第二号の要件を欠いている。

3  本件買収計画書は前記のように自創法第一五条のほかに同法第三条をも根拠法条として挙げている(甲第三号証参照)。ところで同法第三条および第一五条第三項によつて準用される第九条によれば「第三条(または第一五条)の規定による買収は、都道府県知事が第八条の規定による承認があつた買収計画により当該土地の所有者に対し買収令書を交付してこれをしなければならない」と規定されているから、買収処分は買収計画のかしを承継するものであるところ、本件土地は農地ではないからその点において本件買収計画には違法があり、したがつてその違法な買収計画を前提としてなした本件買収処分も違法である。

三、右何れの点よりするも本件処分は違法なので、その取消を求めるため本訴請求におよんだと述べ、

被告の主張(自創法第一五条第一項第二号の要件を具備するとの主張)に対し、

本件土地がもと雑種地であつたこと、昭和二二年に訴外田村作次郎が本件土地上に建坪一二坪の住家を建築して居住したこと、原告が昭和二三年一〇月一五日本件土地の台帳地目を山林から宅地に変更したこと、田村が昭和二十六年当時家族三人であつたことは認めるが、原告が佐藤武治に畑として本件土地を賃貸したこと、原告が佐藤から田村への土地転貸を承諾したこと、本件買収当時田村が専業農家であつたことは否認し、その余は不知と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、請求原因事実につき、

請求原因一、は認める。

同二、1、のうち、本件買収計画がその根拠として自創法第一五条のほかに同法第三条を挙げているということ、本件買収計画に対し原告から適式の訴願がなされたこと、原告が同文の訴願書二通を作成し、うち一通は地元委員会を経由して県委員会に、のこり一通は県委員会あて直接に郵送したということを除くその余の事実は認める。本件買収はその計画においても令書においても自創法第一五条のみによるものであり、また県委員会が受領した原告からの訴願書は一通だけであつて、そのほかにもう一通原告が同文のものを作成提出したか否かは知らない(そして県委員会が受領した右訴願書が直接郵送されたものかそれとも地元委員会経由のものであるかもわからない。)。

原告の訴願はその方式を欠いていた。すなわち、自創法に規定する訴願は訴願法第一条にいわゆる「法律勅令ニ別段ノ規定アルモノ」に当るが、訴願に関する手続については自創法に別段の定めのあるもののほかは一般法である訴願法の適用を受けることとなり、訴願書の方式は訴願法の定めるところに委ねられているのである。そして訴願法第六条第一項には訴願書にはその不服の要点、理由、要求等を記載すべきことを定めている。しかるに原告の訴願書は甲第六号証(訴願書)で明らかなとおり、その不服の要点、理由、要求が何ら区別されてないばかりでなく、その要求するところおよび不服の理由は全く不明確であつてわからなかつたため、原告主張のようにその理由を付し期限を指定したうえその補正を求めて還付したのに(訴願法第九条第二項)、原告はその補正を右期限まではおろか現在に至るもしていないのである。したがつて右訴願は結局最初から提出されなかつたにひとしいことになる。

同二、2、のうち、本件土地が宅地であること、原告が昭和一九年ごろ訴外佐藤武治にこれを賃貸したこと、本件買収が訴外田村作次郎に売り渡すことを目的としてなされたものであることは認めるがその余は否認する。

本件宅地は自創法第一五条第一項第二号の要件を具備している。すなわち、本件土地はもと雑種地であつたものを、訴外佐藤武治が昭和一九年に原告から開墾目的で借りうけ、同年中に開墾して爾後畑として原告から賃借り耕作していたものであつた。ところが昭和二二年に訴外田村作次郎が右佐藤から自己の住家建築の目的で転借し、本件土地に約一二坪の住家を建築して居住し、以後自己の住居および農業経営上の宅地として使用してきたのである。

そして右の転貸については原告はこれを承諾していたのであり、右承諾の事実に基き原告自身も昭和二三年一〇月一五日に本件土地の台帳地目を山林から宅地へ変換しており、かつ昭和二四年度からは原告自身直接田村に対してその宅地の地代を請求し受領していたのである。

右訴外田村作次郎は昭和二六年の本件買収計画当時家族三人、うち農業従事者は田村夫婦二人で畑六反一畝四歩を小作する専業農家であり(地主石井酋蔵外二名)、右小作地のうち昭和二二年一〇月二日を以つて一反二一歩の、また昭和二三年三月二日期日を以つて五畝三歩の、同年七月二日期日を以つて一反二畝九歩の、同年一二月二日期日を以つて一反六畝一歩の(計四反四畝四歩)、各売渡を受けたいわゆる創設農家で、自作農として農業に精進するみこみのあるものであつたのである。

しかして本件宅地は同人の農業経営上欠くことのできないものであるところから、同人から松戸市農地委員会に昭和二五年初めごろ本件宅地の買収申請書が提出されたので、これに基き本件買収処分をなしたものである。

以上のとおり、本件宅地は自創法第一五条第一項第二号の要件を充足している。

なお、同条第一項には買収申請期限を「農地の売渡を受けた日から一箇年以内」と定められているが、右期限の規定は農地調整法一部改正等法律(昭和二四年法律二一五号、同年六月二〇日施行)による改正によつて新たに加えられたものであり、同改正法付則第一〇条により、右改正法の施行前に農地の売渡をうけた田村作次郎の場合は、昭和二五年六月二〇日まで申請期限があるものとされており、したがつて右申請は適法である。

同二、3、は争う。本件買収は前記のように、その計画においても令書においても何れも自創法第一五条のみを根拠としたものである。

よつて本件買収処分には何ら違法はない

と述べた。(証拠省略)

理由

一、別紙目録記載の宅地がもと原告の所有であつたこと、被告が自創法第一五条にもとづき昭和二六年三月二日を買収の時期として同日付発行の買収令書を以つてこれを買収し、右令書が同年四月三〇日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

二、原告は、本件買収処分は本件土地の買収計画に対する訴願について何らの裁決も経ずになされたものであつて自創法第八条、第九条、第一五条第三項に違背するものであるから取消さるべきであると主張するので、先ず、これについて判断する。

訴外松戸市農地委員会は昭和二六年二月一六日本件土地外一筆について自創法により買収計画を樹立し(ただし右買収計画は同法第三条および第一五条によるものか、それとも第一五条のみによるものかの点についてはしばらくおく)、その縦覧期間を同日から同月二五日までと定めたこと、原告は同月二二日これに対し異議申立をしたところ、右委員会は同年三月三日本件土地については異議を却下し、外一筆についてはこれを認めるとの決定をしたこと、そこで原告は同月一二日本件土地につき、さらに千葉県農地委員会に甲第六号証の訴願書を提出して訴願を提起したことは当事者間に争いなく、右訴願書は直接県委員会に郵送されたものであることは弁論の全趣旨によりこれを認め得る。

ところで自創法に規定する訴願は、その手続につき自創法に別段の定めあるもののほか、訴願の方式、訴願書の記載要件、訴願に対する裁決等はすべて一般法である訴願法の適用があると解すべきところ、前記原告の提起した訴願に対し、その後県委員会が同月三一日頃右原告の提出した甲第六号証の訴願書は、「訴願法第六条に規定する方式、すなわちその不服の要点、理由、要求が不明瞭で審理できない。」として、その旨及び「右訴願書は同法第九条により一応還付するから前記の点を明確にして昭和二六年四月二〇日までに当委員会に提出されたい」旨記載した文書を付して、右訴願書を訴願法第九条第二項により原告に還付したこと、及び原告がその後右指定期間内に右欠缺を補正し、改めてこれを県委員会に提出しなかつたことは当事者間に争いない。しかしてかくの如く訴願裁決庁が訴願人から提出された訴願書は、訴願法第六条第一項の方式を欠き、不服の要点、理由、要求が不明瞭でそのままでは実体的審理ができないとして、同法第九条第二項により期限を付してこれを還付した場合において、訴願人が右指定期間内にその欠缺を補正してこれを訴願裁決庁に再提出しなかつたときは、前記訴願書による訴願は、右還付のときにさかのぼつて当該訴願に対する却下処分があつたものと解するを相当とする。

尚原告は県委員会から還付を受けた前記訴願書の外に、更に同文の訴願書を地元松戸市農地委員会を経由して県農地委員会宛に提出し、本件宅地の買収計画に対する訴願を提起したと主張するが、本件における全証拠によるも右主張事実を認め得る何等の証拠もない。

そうだとすれば、適式の訴願は昭和二六年三月一二日になされたまま何らの裁決もなされずに現在に至つているという原告の主張は理由がないものというべきである。

三、つぎに原告は本件買収は自創法第一五条第一項第二号の要件を缺いているから取り消さるべきであると主張するので、これについて判断する。

本件土地がもと雑種地であつたが、原告は昭和二三年一〇月一五日に本件土地の台帳地目を山林から宅地に変更し、本件買収当時は宅地であつたこと、原告が昭和一九年ごろ訴外佐藤武治にこれを賃貸したこと、昭和二二年に訴外田村作次郎が本件土地上に建坪約一二坪の住家を建築して居住したこと、同人が昭和二六年当時家族三人であつたこと、本件宅地買収は同人に売り渡すことを目的としてなされたものであることは当事者間に争いがなく。右事実に、成立に争いのない乙第三、四号証ならびに証人佐藤武治の証言により真正に成立したものと認められる同第二号証および証人野口源治、同田村作次郎、同佐藤武治の各証言を総合すると、本件土地はもと雑種地であつたものを訴外佐藤武治が原告から開墾目的で借り受け、開墾後昭和二一年から同二二年まで畑として原告から賃借り耕作していたが、昭和二二年ごろに訴外田村作次郎が右佐藤から自己の住家建築の目的で転借し、本件土地に約一二坪の住家を建築して居住し、以後自己の住居および農業経営上の宅地として使用していること、そして右の転貸については当時訴外佐藤が原告に対しその承諾方を申し入れたところ、原告はこれについて何らの異議も述べなかつたこと、訴外田村は昭和二二年度分および同二三年度の本件土地の地代を訴外佐藤に支払つていたが、昭和二四年度からはこれを直接原告に対して支払い、原告自身これを受領して田村に計算書(乙第四号証)を交付していた事実が認められるから、原告は右転貸を承諾していたものというべく、右認定に反する原告本人の供述は前掲各証拠に照らしたやすく信用することができない。

右認定の事実によれば、本件買収当時訴外田村作次郎は原告から本件宅地を適法に転借していたものというべきである。そして自創法第一五条第一項第二号にいう賃借権には、賃貸人の承諾を得て転借した場合におけ適法な転借権を包含するものと解すべきである。

なお、成立に争いのない乙第五号証、第六、第七号証の各一、二および証人田村作次郎、同野口源治の各証言によれば、訴外田村作次郎は本件買収当時農地六反一畝余りを耕作していた専業農家で、そのうち一反二一歩は昭和二二年一〇月二日付を以て、また同五畝三歩は昭和二三年三月二日付を以て、同一反二畝九歩は同年七月二日付を以て、同一反六畝一歩は同年一二月二日付を以て、(以上計四反四畝四歩)それぞれ自創法第一六条に基き売渡をうけた創設農家であつたこと、及び右田村作次郎は昭和二五年はじめごろ本件宅地の買収申請をなし、これに基いて本件買収がなされたことを認めることができる。しかして自創法第一五条第一項には買収申請期限を「農地の売を受けた日から一箇年以内」と定めているが、右期限の規定は農地調整法一部改正等法律(昭和二四年法律二一五号、同年六月二〇日施行)による改正によつて加えられたもので、同改正法付則一〇条により、右改正法の施行前に農地の売渡を受けた本件田村作次郎のばあいには、同改正法後一ケ年以内である昭和二五年六月二〇日まで申請期限があるものとされているから、右田村のなした本件宅地買収の申請は適法である。

以上のとおりだとすれば、本件買収は自創法第一五条第一項第二号の要件において缺くるところはないといわなければならない。したがつてこの点に関する原告の主張は理由がない。

四、さらに原告は本件土地は農地ではないのに本件買収計画は自創法第一五条の外に同法第三条をも根拠法条として挙げているからその点において本件買収計画には違法があり、したがつてその違法な買収計画を前提としてなされた本件買収処分も違法であるから取り消さるべきであると主張するが、証人野口源治の証言によれば、本件買収計画は同法第三条および第一五条により樹立されたものではなく、同法第一五条のみによる宅地買収として樹立されたものと認めることができる。

尤も成立に争いない甲第三号証の「三月二日付買収計画について」と題する書面によれば、「・・・自作農創設特別措置法第三条並に第一五条に基き貴殿(原告)所有地の買収計画を左の通り樹てました・・・・」との記載があるが、自創法第三条は農地のみの買収を、又同法第一五条はそれ以外の農業用附帯施設等の買収を各規定しており、一筆の土地を同法第三条及び第一五条の両規定を適用して買収することはあり得ないし、又、右書面に添付されている土地目録によれば、右買収計画にかかる土地は「籠益四九一の三四宅地一三一坪」と記載されていて、宅地を買収する趣旨であることは右記載に照らし明白である。したがつて右書面中自創法第三条に基き買収計画を樹立した旨の記載は単なる誤記と認むべきであつて、本件宅地の買収計画は前記認定の通り自創法第一五条によつて樹立されたものと云うべく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

したがつて本件買収計画のかしを前提とする原告の主張は理由がない。

五、よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 猪俣幸一 後藤勇 辻忠雄)

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